兄が相続税820万円を納めず、長女に「連帯納付義務のお知らせ」が届いた――未分割申告後の事例

※この記事は、複数の相談事例を基に、家族構成、財産、金額、時期などを変更して再構成したモデルケースです。特定の相談者や実在の案件を紹介するものではありません。

父の相続税申告から数か月後、長女のもとに税務署から封筒が届きました。

書面の表題は、「相続税の連帯納付義務のお知らせ」でした。

長女は、自分の相続税約820万円を申告期限までに全額納めています。申告内容に誤りがあるという連絡も受けていませんでした。

ところが、兄である長男が約820万円の相続税を納めていなかったため、長女にも連帯して納付する責任があることを知らせる書面が届いたのです。

長女は、自分の相続税を納めれば、自分の納税は終わると思っていました。

しかし、相続税には、他の相続人の未納が自分の問題になる仕組みがあります。

3人の希望は違っていたが、激しく争っていたわけではない

亡くなったのは父です。母はすでに亡くなっていました。

相続人は、次の3人です。

  • 長男 58歳
  • 長女 55歳
  • 次女 51歳

父の相続財産は、賃貸不動産、土地、預貯金を合わせて2億円でした。

財産相続税評価額
賃貸不動産8,000万円
父が所有していた土地7,000万円
預貯金5,000万円
合計2億円

長男は賃貸不動産を引き継ぎたいと考えていました。

長女は土地を取得し、次女は預貯金を中心に取得することを希望していました。

3人の希望は大きく対立していたわけではありません。

ただし、賃貸不動産をいくらと評価するか、預貯金を誰にいくら配分するかについて意見がまとまりませんでした。

財産の取得者が決まらないまま、相続税の申告期限が近づきました。

遺産分割を待たず、3人が約820万円ずつ申告した

遺産分割協議が終わっていなくても、相続税の申告期限が延びるわけではありません。

この家族は、申告期限までに分割を成立させることを断念し、未分割の状態に基づいて正式な相続税申告を行いました。

相続人は3人なので、基礎控除額は4,800万円です。

3,000万円+600万円×3人=4,800万円

課税遺産総額は、次のようになりました。

2億円-4,800万円=1億5,200万円

これを法定相続分である各3分の1ずつ取得したものとして計算すると、相続税の総額は概算で約2,460万円です。

未分割の段階では、3人がそれぞれ約820万円を負担する申告になりました。

相続人申告した相続税額
長男約820万円
長女約820万円
次女約820万円
合計約2,460万円

長女と次女は、それぞれ自己資金から約820万円を期限内に納付しました。

問題は、長男の納税資金でした。

長男は、取得予定の賃貸不動産から資金を作れると思っていた

長男は、自分が賃貸不動産を取得する方向で話が進んでいたため、その不動産を基に融資を受けて相続税を納める予定でした。

しかし、申告期限の時点では遺産分割が成立していません。

賃貸不動産を長男が単独で取得することは確定しておらず、その不動産を担保とする融資の手続も進められませんでした。

長男自身の預貯金だけでは、約820万円を納めることができません。

長男は相続税申告書を提出しましたが、申告期限までに納税資金を準備できず、約820万円を全額未納としました。

相続人申告税額期限内の納付額未納額
長男約820万円0円約820万円
長女約820万円約820万円0円
次女約820万円約820万円0円

長女は、長男が納付していないことを詳しく確認していませんでした。

自分は約820万円を納付したため、自分の税務手続は終わったと考えていたからです。

税務署から「相続税の連帯納付義務のお知らせ」が届いた

申告期限から数か月後、長女のもとに税務署から「相続税の連帯納付義務のお知らせ」が届きました。

同じ被相続人から財産を取得した人は、相続によって受けた利益の価額を限度として、他の相続人の相続税についても連帯して納付する責任を負うことがあります。

この書面は、長女自身の相続税が未納だという通知ではありません。

また、この書面が届いた時点で、長女の預金から直ちに約820万円が差し押さえられるというものでもありません。

国税庁が公表している取扱いでは、まず連帯納付責任があることを知らせ、その後、連帯納付責任を負う人に滞納処分を行う場合には、連帯納付責任に係る督促などの手続が行われます。

ただし、書面を放置してよいという意味ではありません。

長男の未納が解消されなければ、長女が実際に納付を求められる可能性があります。

長女が最初に確認した4つのこと

長女は、「兄の相続税まで自分が払わなければならないのか」と不安になり、届いた書面と相続税申告書を持って税理士に相談しました。

税理士は、まず次の4つを確認しました。

1 長女自身の相続税は完納されているか

長女が申告した相続税約820万円は、申告期限までに全額納付されていました。

今回の問題は、長女自身の相続税の未納や申告誤りではありません。

2 長男はいくら納めていないのか

長男が申告した相続税は約820万円で、期限内の納付額は0円でした。

本税だけでなく、延滞税などが生じているかについても、別に確認する必要がありました。

3 長女の連帯納付責任にはどのような限度があるか

連帯納付義務は、他の相続人の未納税額について無制限に責任を負う制度ではありません。

相続によって受けた利益の価額が責任の限度になります。

また、申告期限からの経過期間や、長男について延納などが認められているかといった事情によっても、確認すべき内容が変わります。

4 長男が自分で納付できるか

長女が兄の相続税を支払えば、税務署に対する未納は解消できます。

しかし、今度は長女が長男からその金額を返してもらえるかという問題が残ります。

そこで、長女が納付することを先に決めるのではなく、長男本人が約820万円を準備できるかを確認することにしました。

長女が肩代わりする前に、長男の資金を洗い直した

この家族が検討した対応は、次のとおりです。

選択肢内容残る問題
長男が自己資金と借入れで納付する長男自身が未納額を解消する短期間で資金を準備できるか
遺産分割を進めて預貯金を取得する長男が取得する預貯金を納税に充てる3人が分割条件に合意する必要がある
長男が税務署へ納付方法を相談する長男が資金状況と納付予定を説明する利用できる制度や条件の確認が必要
長女が連帯納付する長女が長男の未納税額を納付する長男から回収できない可能性がある

遺産分割を急いで成立させようとしても、賃貸不動産の評価と預貯金の配分について、3人の意見はまだ一致していませんでした。

長女が約820万円を肩代わりする案もありましたが、長男からいつ返してもらえるかは明確ではありません。

そこで、まず長男名義の財産と借入可能額を確認しました。

長男が自己資金と借入れで820万円を納付した

長男は、自分名義の定期預金を解約し、不足額について金融機関から借入れを行いました。

当初想定していた賃貸不動産を担保とする借入れではなく、長男自身の収入と財産を基にした借入れです。

その結果、長男は自己資金と借入金を合わせて約820万円を準備し、未納となっていた本税を納付しました。

その後、本税の納付が反映されていること、延滞税などの残額がないか、長女に届いた書面について追加の対応が必要かを確認しました。

長女が兄の相続税を実際に納付する事態は避けられました。

ただし、これは長男が資金を調達できたためです。

長男が資金を準備できなければ、長女や次女が連帯納付を求められる問題は残っていました。

この家族が申告から納付確認までに行ったこと

時期家族の対応
1月父が死亡
2月から5月相続財産の調査と評価を実施
6月3人が希望する財産を確認
7月賃貸不動産の評価と預貯金の配分で意見が一致しない
9月申告期限までの遺産分割成立が難しいと判明
10月未分割の状態に基づく相続税額を確認
11月3人が正式な相続税申告を行う
11月長女と次女は各約820万円を納付。長男は約820万円を全額未納
翌年1月長男に対する督促などが行われる
翌年4月長女に「相続税の連帯納付義務のお知らせ」が届く
翌年5月長女が税理士へ相談
翌年5月から6月未納額、書面、責任限度、適用除外及び長男の資金状況を確認
翌年7月長男が自己資金と借入れで約820万円を納付
翌年8月本税、延滞税などの残額と長女に必要な対応を確認
その後3人で遺産分割協議を継続

自分の相続税を払えば終わりとは限らない

この事例では、長女は自分の相続税約820万円を期限内に全額納めていました。

それでも、長男が約820万円を納めなかったため、長女にも「相続税の連帯納付義務のお知らせ」が届きました。

未分割の状態で相続税を申告する場合、相続人ごとに申告税額を計算するだけでは十分ではありません。

相続人全員について、

  • それぞれの納税資金を確保できているか
  • 実際に期限内納付を行ったか
  • 延納などを申請しているか
  • 税務署から書面が届いていないか

を確認する必要があります。

自分の相続税を納めたことと、その相続に関する納税問題がすべて終わったことは、必ずしも同じではありません。

遺産分割が終わっていないときほど、誰がどの財産を取得するかだけでなく、各相続人が自分の相続税をいつ、どの資金から納めるかまで確認しておくことが重要です。