長男への生前贈与を踏まえても遺産分割がまとまらず、期限内に相続税を申告した事例

父は生前、長男に事業開始資金として2,000万円を贈与していました。父の死亡後、母と長女はその贈与を踏まえて遺産を分けたいと考えます。しかし、母と長男の双方が土地の取得を希望し、預金と土地の分け方は申告期限までに決まりませんでした。

三人は、長男が生前に受け取った贈与と、父が残した未分割の財産を区別して計算し、それぞれ期限内に相続税を申告・納付しました。

※相続人、日付、金額は、特別受益と未分割財産の申告上の関係を説明するためのモデルケースです。債務、葬式費用、ほかの生前贈与や死亡保険金はないものとし、土地に小規模宅地等の特例は適用しません。

長男は父から事業開始資金2,000万円を受け取っていた

父は2019年6月、長男が事業を始める際に現金2,000万円を贈与しました。長男はその年の贈与税を申告・納付しています。贈与契約書、送金記録、贈与税申告書も残っていました。相続時精算課税は選択していません。

父は2025年10月20日に亡くなりました。相続人は母、長男、長女の3人で、全員が同日に父の死亡を知りました。遺言はありません。

父が亡くなった時点で残した財産は、預金4,000万円と、相続税評価額6,000万円の土地です。2019年に長男へ贈与した2,000万円は、この預金4,000万円には含まれていません。

財産・贈与金額この事例での状態
父名義の預金4,000万円取得者は未決定
父名義の土地6,000万円取得者は未決定
長男への2019年の贈与2,000万円長男が生前に受領済み

三人は、贈与の事実と金額を確認しました。この事例では、長男への事業開始資金を、遺産に対する各人の相続分を求める際に特別受益として考慮することについても争いはありません。

生前贈与を踏まえても土地と預金は分けられなかった

母は父が残した土地に住み続けるため、土地を取得したいと考えていました。長男も土地を事業に使いたいと希望します。長女は、長男が既に2,000万円を受け取っていることを踏まえ、自分の取得分を確保したいと考えていました。

三人は話し合いましたが、土地を誰が取得し、その代わりに預金をどう分けるかについて合意できません。預金も土地も、申告期限の時点ではすべて未分割です。

父が残した財産相続税評価額申告期限時点の状態
預金4,000万円取得者は未決定
土地6,000万円取得者は未決定
合計1億円全額が未分割

三人の相続税の申告・納付期限は、2026年8月20日です。財産の分け方について話し合いが続いていても、未分割であることを理由に申告期限は延びません。

特別受益の計算と相続税への贈与加算は別だった

長男が受け取った2,000万円について、三人は二つの計算を区別しました。

一つは、父が残した預金と土地に対する各人の相続分を求める計算です。この事例では、長男への贈与を特別受益として考慮します。

もう一つは、贈与した2,000万円を今回の相続税の課税価格に加算するかという計算です。父が亡くなったのは2025年10月です。この相続における暦年贈与の加算対象期間は、死亡前3年以内となります。2019年6月の贈与はその期間外であり、相続時精算課税による贈与でもありません。

確認する計算2019年の贈与2,000万円の扱い
未分割の預金・土地に対する各人の相続分特別受益として考慮する
今回の相続税の課税価格加算しない

長男が当時、贈与税を申告・納付したこと自体が、今回の相続税に加算しない理由ではありません。相続分の計算で特別受益として考慮することと、相続税の課税価格に贈与額を加算することは、別の判断です。

未分割財産1億円の申告上の計算額を求めた

母の法定相続分は2分の1、長男と長女はそれぞれ4分の1です。

この事例では、父が残した遺産1億円に、長男への特別受益2,000万円を計算上加えた1億2,000万円を基に、それぞれの相続分を求めます。長男については、そこから既に受け取った2,000万円を差し引きます。

計算母長男長女合計
法定相続分2分の14分の14分の1—
1億2,000万円に法定相続分を当てはめた額6,000万円3,000万円3,000万円1億2,000万円
長男が受け取った特別受益—▲2,000万円—▲2,000万円
未分割財産の申告上の計算額6,000万円1,000万円3,000万円1億円

長男の1,000万円は、当初の3,000万円から生前贈与2,000万円を差し引いた額です。ただし、この表は預金や土地の取得者を決めたものではありません。未分割の1億円を、相続税申告のために各人へどう計算上割り当てるかを示しています。

相続税の総額630万円を各人に配分した

今回の相続税の課税価格の合計は、未分割の預金・土地の1億円です。法定相続人は3人なので、基礎控除は4,800万円、課税遺産総額は5,200万円となります。

相続税の総額を求める計算金額
課税価格の合計1億円
基礎控除:3,000万円+600万円×3人▲4,800万円
課税遺産総額5,200万円

相続税の総額を求めるため、課税遺産総額5,200万円を法定相続分で仮に分けます。母が2,600万円、長男と長女がそれぞれ1,300万円です。

相続人総額計算のための取得金額税率等による計算算出額
母2,600万円15%、控除50万円340万円
長男1,300万円15%、控除50万円145万円
長女1,300万円15%、控除50万円145万円
合計5,200万円—630万円

ここに出てくる340万円・145万円・145万円は、相続税の総額630万円を求める途中の数字です。そのまま各人の当初の納付額にはなりません。

次に、630万円を、未分割財産について求めた各人の申告上の課税価格に応じて配分します。

相続人申告上の課税価格課税価格の割合当初の税額
母6,000万円60%378万円
長男1,000万円10%63万円
長女3,000万円30%189万円
合計1億円100%630万円

長男の当初税額が長女より少ないのは、2019年の贈与税を今回の相続税から差し引いたためではありません。特別受益を踏まえた結果、現在の未分割財産に対する長男の申告上の計算額が1,000万円になるためです。

三人は分割を待たずに申告・納付した

三人は、預金と土地が未分割であることを示して、2026年8月20日までに相続税を申告しました。母は378万円、長男は63万円、長女は189万円を、それぞれ期限内に納付しました。

この事例では、三人とも納税に充てられる自己資金を持っていました。申告書に預金の計算額を記載したことによって、各人が父名義の預金を自由に払い戻せるようになったわけではありません。

母の申告上の計算額6,000万円も、母が土地や預金を実際に取得したことを示しません。財産がすべて未分割のため、母の当初申告では配偶者の税額軽減を適用せず、378万円を納付しました。

母は後日の分割に備え、申告書に「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しました。見込書を提出しただけで、母の税額が直ちに減るわけではありません。

申告後も土地と預金の分割は残った

申告・納付が終わった後も、母と長男のどちらが土地を取得するか、預金をどう分けるかは決まっていません。申告上の6,000万円・1,000万円・3,000万円は、遺産分割の結論ではありません。

今後、三人の間で分割が成立すれば、実際の取得額を基に相続税額を計算し直します。当初より税額が増える人は修正申告を、減る人は更正の請求を検討します。更正の請求には、分割があったことを知った日の翌日から4か月以内という期限があります。母の配偶者の税額軽減も、分割後の取得額と必要な手続を確認して検討します。

土地の取得をめぐる話し合いが進まない場合は、遺産分割の進め方について弁護士に相談します。この事例では、相続税申告を済ませたことをもって、母か長男の一方が土地を取得したことにはしません。

この事例のポイント

生前贈与がある未分割相続では、贈与を踏まえた相続分の計算と、その贈与を相続税の課税価格に加算するかの判断を分ける必要があります。

この事例では、2019年に長男が受け取った2,000万円を特別受益として申告上の相続分に考慮しました。一方、その贈与額は、2025年に始まった相続の課税価格には加算していません。

土地と預金の取得者が決まらなくても、三人は未分割として期限内に申告・納付しました。ただし、申告上の計算額は最終的な取得額ではありません。分割が成立した後は、実際の取得額に基づいて税額を見直します。

参考情報

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