父の遺産分割が終わる前に母が死亡――未分割のまま二次相続が発生した事例
「父の遺産分割がまだ終わっていないのに、母が亡くなりました。父と母のどちらから手を付ければよいのでしょうか」
父の相続について、母・長男・長女は未分割のまま相続税を申告していました。
その4か月後、父の遺産分割が終わらないうちに母が死亡しました。
この時点で、家族には二つの相続が重なっています。
一つは、まだ遺産分割が終わっていない父の相続です。もう一つは、その父の遺産に対する権利を持ったまま亡くなった母の相続です。
母の相続税を正しく計算するためには、まず父の遺産分割を確定し、母が父から何を取得したのかを明らかにする必要がありました。
この事例では、父の遺産分割、父の相続税の再計算、母の相続財産の確定、母の遺産分割と相続税申告という順序で手続を進めました。
今回のケースはモデルケースです
この記事は、遺産分割が終わらないうちに相続人の一人が死亡した場合の手続を説明するため、複数の相談事例や実務上の論点をもとに再構成したモデルケースです。
家族構成、財産の内容、所在地、評価額、日付、税額などは、実際の案件を特定できないように変更しています。
税額や手続の結果も、記事の内容を分かりやすくするために設定したモデルです。実際の取扱いは、相続人、遺言、財産、債務、過去の贈与、遺産分割の内容などによって異なります。
父の相続人は母・長男・長女の3人だった
父は2024年1月20日に亡くなりました。
遺言書はなく、相続人は母、長男、長女の3人です。
| 相続人 | 父との関係 | 法定相続分 |
|---|---|---|
| 母 | 配偶者 | 2分の1 |
| 長男 | 子 | 4分の1 |
| 長女 | 子 | 4分の1 |
母は父と暮らしていた自宅に住み続けることを希望していました。
長男は賃貸不動産を取得したいと考えていました。長女は不動産ではなく、預貯金や上場株式を取得することを希望していました。
方向性には大きな対立がありませんでしたが、それぞれの財産の評価や取得額の調整に時間がかかり、相続税の申告期限までに遺産分割協議を成立させることができませんでした。
父の相続財産は1億8,000万円だった
父の相続財産は、次のとおりです。
| 財産 | 相続税評価額 |
|---|---|
| 自宅土地・建物 | 6,000万円 |
| 賃貸不動産 | 6,000万円 |
| 預貯金 | 3,000万円 |
| 上場株式 | 3,000万円 |
| 合計 | 1億8,000万円 |
母が自宅を取得し、長男が賃貸不動産を取得する方向では話し合っていました。
しかし、不動産の評価、預貯金と上場株式の分け方、3人の取得額の調整までは確定していませんでした。
そこで、父の相続税は未分割の状態で申告することになりました。
父の相続税2,200万円を法定相続分で申告した
父の相続税の申告・納付期限は2024年11月20日でした。
相続人が3人であるため、基礎控除額は次のとおりです。
3,000万円+600万円×3人=4,800万円
相続財産1億8,000万円から基礎控除額4,800万円を差し引くと、課税遺産総額は1億3,200万円です。
これを法定相続分で取得したものとして相続税の総額を計算すると、2,200万円になりました。
遺産分割が終わっていなかったため、3人は法定相続分に従って相続税の総額を負担しました。
| 相続人 | 法定相続分 | 当初納付額 |
|---|---|---|
| 母 | 2分の1 | 1,100万円 |
| 長男 | 4分の1 | 550万円 |
| 長女 | 4分の1 | 550万円 |
| 合計 | - | 2,200万円 |
未分割の状態でも、相続税の申告・納付期限は延びません。
また、未分割申告では、原則として配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用できません。
そのため、母は配偶者であっても、当初申告では1,100万円を納付しました。
この取扱いは、国税庁の「相続財産が分割されていないときの申告」でも説明されています。
父の申告から4か月後に母が死亡した
父の相続税を申告してから約4か月後の2025年3月15日、母が亡くなりました。
この時点でも、父の遺産分割は終わっていませんでした。
母は、父の遺産について2分の1の法定相続分を有する相続人でした。しかし、父のどの財産を取得するかは確定していません。
一方、母自身の相続税の申告・納付期限は2026年1月15日です。
長男と長女は、母がもともと所有していた財産だけでなく、母が父の相続によって取得する財産も母の相続財産として整理しなければなりませんでした。
そのため、母の相続だけを先に確定することはできませんでした。
長男と長女は母の立場を引き継いで父の遺産分割を続けた
母の死亡によって、父の遺産に対する母の権利が消えるわけではありません。
母が持っていた父の遺産に対する相続人としての地位は、母の相続人である長男と長女に引き継がれます。
したがって、長男と長女は、次の二つの立場を持つことになりました。
- 父の相続人としての自分自身の立場
- 亡くなった母の相続人として、母の立場を引き継ぐ立場
父の遺産分割協議では、長男と長女がこの二つの立場を踏まえて協議を続けました。
ここで重要なのは、父の遺産を長男と長女だけで直接分け直すのではなく、まず母が父から取得する財産を確定させることです。
父から母への財産の承継を飛ばしてしまうと、母の相続財産と相続税を正しく計算できません。
まず父の遺産を3人に分けた
2025年10月10日、父の遺産分割が成立しました。
分割内容は、次のとおりです。
| 父の相続人 | 取得した財産 | 取得額 |
|---|---|---|
| 母 | 自宅土地・建物 | 6,000万円 |
| 長男 | 賃貸不動産 | 6,000万円 |
| 長女 | 預貯金3,000万円・上場株式3,000万円 | 6,000万円 |
| 合計 | - | 1億8,000万円 |
父の相続財産は、母、長男、長女がそれぞれ6,000万円ずつ取得する結果になりました。
母は既に亡くなっていますが、遺産分割によって母が取得すると定められた自宅は、いったん母の相続財産として扱います。
そのうえで、その自宅を母から誰が相続するかを、母の遺産分割で決める必要があります。
父の相続税は母が還付、長男と長女が追加納付になった
父の遺産分割が成立したため、実際の取得額に基づいて父の相続税を再計算しました。
3人の取得額は、それぞれ6,000万円です。相続税の総額2,200万円を取得割合に応じて按分すると、分割後の税額は1人当たり約733万円になります。
ただし、母は配偶者として6,000万円を取得したため、要件を満たす範囲で配偶者の税額軽減を適用できます。
その結果、父の相続について母が負担する最終的な相続税額は0円になりました。
| 相続人 | 当初納付額 | 分割後税額 | 還付額・追加納付額 |
|---|---|---|---|
| 母 | 1,100万円 | 0円 | 約1,100万円還付 |
| 長男 | 550万円 | 約733万円 | 約183万円追加納付 |
| 長女 | 550万円 | 約733万円 | 約183万円追加納付 |
| 合計 | 2,200万円 | 約1,467万円 | 家族全体で約733万円減少 |
長男と長女に追加納付が生じたのは、それぞれの実際の取得割合が、当初申告で用いた法定相続分4分の1を上回ったためです。
母については更正の請求、長男と長女については修正申告を行いました。
遺産分割後に税額が変わる場合の手続は、国税庁の「相続財産が分割されていないときの申告」でも説明されています。
また、配偶者の税額軽減については、国税庁の「配偶者の税額の軽減」で確認できます。
母の相続財産は1億1,100万円になった
父の遺産分割と相続税の再計算によって、母の相続財産に含める金額が確定しました。
母が父の死亡前から所有していた財産は5,100万円でした。
母は父の未分割申告時に相続税1,100万円を納付していたため、母の死亡時点で残っていた固有財産は4,000万円です。
これに、父から取得した自宅6,000万円と、父の相続税について還付を受ける約1,100万円を加えます。
| 母の相続財産 | 金額 |
|---|---|
| 母固有の預貯金・有価証券 | 4,000万円 |
| 父から取得した自宅土地・建物 | 6,000万円 |
| 父の相続税の還付金相当額 | 1,100万円 |
| 合計 | 1億1,100万円 |
父の遺産分割を確定する前は、母が自宅を取得することも、相続税1,100万円の還付を受けることも確定していませんでした。
父の相続を整理したことで、母の相続財産1億1,100万円を確定できたのです。
母の相続税は長男・長女が各490万円になった
母の相続人は長男と長女の2人です。
基礎控除額は、次のとおりです。
3,000万円+600万円×2人=4,200万円
母の相続財産1億1,100万円から基礎控除額4,200万円を差し引くと、課税遺産総額は6,900万円です。
これを法定相続分で分けると、長男と長女の取得金額はそれぞれ3,450万円になります。
それぞれの税額は、次のとおりです。
3,450万円×20%-200万円=490万円
したがって、母の相続税の総額は980万円です。
| 相続人 | 法定相続分 | 相続税額 |
|---|---|---|
| 長男 | 2分の1 | 490万円 |
| 長女 | 2分の1 | 490万円 |
| 合計 | - | 980万円 |
長男が自宅を取得し、長女へ450万円を支払った
母の遺産分割では、長男が自宅を取得することになりました。
母の固有財産4,000万円と、父の相続税の還付金相当額1,100万円は、長女が取得します。
このままでは、長男の取得額が6,000万円、長女の取得額が5,100万円となり、900万円の差が生じます。
そこで、長男が長女へ450万円の代償金を支払うことにしました。
| 相続人 | 取得内容 | 代償金調整後の取得額 |
|---|---|---|
| 長男 | 自宅6,000万円-代償金450万円 | 5,550万円 |
| 長女 | 預貯金・有価証券・還付金5,100万円+代償金450万円 | 5,550万円 |
| 合計 | - | 1億1,100万円 |
これにより、母の相続では、長男と長女がそれぞれ5,550万円ずつ取得する結果になりました。
二つの相続を通算すると取得額は同じになった
父の相続では、長男と長女がそれぞれ6,000万円を取得しています。
母の相続では、代償金による調整後、それぞれ5,550万円を取得しました。
| 相続人 | 父からの取得額 | 母からの取得額 | 合計取得額 |
|---|---|---|---|
| 長男 | 6,000万円 | 5,550万円 | 1億1,550万円 |
| 長女 | 6,000万円 | 5,550万円 | 1億1,550万円 |
父と母の二つの相続を通算すると、長男と長女の取得額は同じになりました。
ただし、財産の内容は異なります。
長男は賃貸不動産と自宅を取得し、長女は父の預貯金・上場株式と、母の預貯金・有価証券・還付金などを取得しています。
単に金額をそろえるだけでなく、それぞれが取得する財産の内容と、代償金を支払えるかどうかも確認する必要があります。
本件では相次相続控除を適用しなかった
短期間に相続が続いた場合には、相次相続控除を検討することがあります。
相次相続控除は、今回の相続開始前10年以内に、被相続人が相続などによって財産を取得し、その際に相続税が課されていた場合に、一定額を今回の相続税から控除する制度です。
しかし、本件では、父の遺産分割後に配偶者の税額軽減を適用した結果、母が父の相続について最終的に負担する相続税額は0円になりました。
そのため、母の相続では相次相続控除を適用していません。
相次相続控除の要件については、国税庁の「相次相続控除」で確認できます。
父の相続から母の相続までの手続
二つの相続は、次の順序で整理しました。
| 時期 | 手続 |
|---|---|
| 2024年1月20日 | 父が死亡 |
| 2024年2月~9月 | 父の財産調査と遺産分割協議 |
| 2024年10月 | 申告期限までの遺産分割成立が難しいと判断 |
| 2024年11月20日 | 父の相続税を未分割で申告・納付 |
| 2025年3月15日 | 父の遺産分割が終わる前に母が死亡 |
| 2025年4月~8月 | 二つの相続の財産、相続人、申告期限を整理 |
| 2025年10月10日 | 父の遺産分割が成立 |
| 2025年12月 | 父の相続税について更正の請求と修正申告 |
| 2026年1月 | 母の遺産分割が成立 |
| 2026年1月15日 | 母の相続税を申告・納付 |
母の申告期限から逆算すると、父の遺産分割、父の税額の再計算、母の相続財産の確定を先に終える必要がありました。
父の相続と母の相続を別々に検討するのではなく、前の手続の結果を次の手続へ順番に反映させる必要があります。
この事例から分かること
遺産分割が終わる前に相続人の一人が亡くなると、二つの相続が重なります。
本件では、父の相続税を未分割で申告した後、父の遺産分割が終わる前に母が亡くなりました。
この場合、母がもともと所有していた財産だけを集計しても、母の相続財産は確定しません。
まず、父の遺産分割によって母が取得する財産を確定します。次に、父の相続税を再計算し、母に生じる還付金などを確認します。その結果を母の相続財産へ反映したうえで、母の遺産分割と相続税申告を進めます。
本件では、次の順序で整理しました。
- 父の未分割申告の内容を確認する
- 長男と長女が母の地位を引き継いで父の遺産分割を行う
- 父の相続税について更正の請求と修正申告を行う
- 母が父から取得した財産と還付金相当額を確定する
- 母の相続財産を確定する
- 母の遺産分割と相続税申告を行う
未分割のまま次の相続が発生した場合は、二つの相続を同時に混ぜて計算するのではありません。
まず先に発生した相続の取得財産と税額を確定し、その結果を次の相続へ引き継ぐという順序で整理することが重要です。