遺産分割調停中でも相続税の期限は待ってくれない――申告と納付を先に進めた事例

賃貸不動産を長男が取得することには、家族全員が反対していませんでした。

それでも、遺産分割はまとまりませんでした。

相続税評価額が6,000万円の賃貸不動産について、遺産分割でいくらと評価するのか。その評価額を前提として、長男が長女へいくらの代償金を支払うのか。この2点について合意できなかったからです。

長女は家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てました。しかし、調停中であっても、相続税の申告・納付期限が延びるわけではありません。

この事例では、調停の成立を待たず、未分割の状態で相続税を申告して納付しました。その後、調停が成立した段階で税額を計算し直し、母は更正の請求、長男と長女は修正申告を行いました。

今回のケースはモデルケースです

この記事は、遺産分割調停と相続税申告を並行して進める場合の考え方を説明するため、複数の相談事例や実務上の論点をもとに再構成したモデルケースです。

家族構成、財産の内容、所在地、評価額、調停の経過、日付などは、実際の案件を特定できないように変更しています。

税額や手続の結果も、記事の内容を分かりやすくするために設定したモデルです。実際の相続税額や必要な手続は、相続人、財産、債務、遺言、過去の贈与などによって異なります。

相続人は母・長男・長女の3人

父が2026年1月20日に亡くなりました。

遺言書はありません。相続人は、母、長男、長女の3人です。

相続人 父との関係 法定相続分
母 配偶者 2分の1
長男 子 4分の1
長女 子 4分の1

母は、父と暮らしていた自宅にそのまま住んでいます。

長男は、父が所有していた賃貸不動産の管理を手伝っていました。父の死亡後も、入居者への対応や管理会社との連絡を続けています。

長女は結婚後に別居し、賃貸不動産の管理には関与していませんでした。

母が自宅を取得することについて、長男と長女に異論はありませんでした。

問題になったのは、長男が取得を希望した賃貸不動産の評価額と、それに伴う代償金でした。

相続財産は合計1億8,000万円だった

父の相続財産は、相続税評価額で次のとおりでした。

財産 相続税評価額 状況
自宅土地・建物 6,000万円 母が居住
賃貸不動産 6,000万円 長男が管理を補助
預貯金 4,000万円 金融機関に預け入れ
上場株式 2,000万円 証券会社の口座で保有
合計 1億8,000万円 ―

このモデルケースでは、債務、葬式費用、過去の贈与、税額控除などは考慮していません。また、小規模宅地等の特例も適用しない前提です。

母が自宅を取得し、長男が賃貸不動産を取得するという大きな方向性については、3人の意見が一致していました。

それでも、具体的な分け方は決まりませんでした。

争点は賃貸不動産の評価額と代償金だった

長男は、賃貸不動産を取得し、その後も保有を続けたいと考えていました。

長女も、長男が賃貸不動産を取得すること自体には反対していません。

しかし、長女は、賃貸不動産を相続税評価額の6,000万円のまま遺産分割に使用してよいのか、確認する必要があると考えていました。

賃貸不動産には継続的な賃料収入があります。売却した場合の価格が、相続税評価額を上回る可能性もありました。

長女は、賃貸不動産の実際の価値を確認したうえで、自分が受け取る預貯金や上場株式、代償金の額を決めたいと考えました。

一方、長男は、賃貸不動産には修繕費や空室のリスクがあるため、売却査定額だけで評価するのは適切ではないと考えていました。

家族の間で対立していたのは、長男が賃貸不動産を取得することではありません。

遺産分割において賃貸不動産をいくらと評価し、その結果として長男が長女へいくらの代償金を支払うのかという点でした。

長女が遺産分割調停を申し立てた

話合いでは評価額と代償金を決められなかったため、長女は2026年5月15日、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てました。

調停では、各相続人が資料を提出し、調停委員を介して分割方法を検討します。

本件では、次の日程で調停期日が開かれました。

日付 経過
2026年5月15日 長女が遺産分割調停を申し立てた
2026年7月10日 第1回調停期日
2026年8月25日 第2回調停期日
2026年9月30日 第3回調停期日
2026年10月15日 相続税の期限までに調停が成立しない見込みを確認
2026年11月20日 相続税の申告・納付期限

調停では、不動産会社の査定資料、賃貸借の状況、修繕履歴、今後必要となる修繕費などが確認されました。

しかし、9月30日の第3回調停期日が終わっても、賃貸不動産の評価額と代償金について合意できませんでした。

10月15日の時点で、11月20日の相続税申告期限までに調停が成立する可能性は低いと判断されました。

調停上の評価額と相続税評価額は目的が違う

賃貸不動産について調停で検討される金額と、相続税の申告に使用する評価額は、必ずしも同じではありません。

相続税の申告では、財産評価基本通達などに基づいて土地や建物の相続税評価額を計算します。

一方、遺産分割では、相続人間の公平な分配を検討するため、時価や不動産会社の査定、収益性、修繕負担などが問題になることがあります。

評価 主な目的 本件での扱い
相続税評価 相続税を計算する 賃貸不動産を6,000万円として計算
調停上の評価 相続人間の分配を検討する 査定額や収益性などを踏まえて協議

調停で賃貸不動産の評価額が決まっていないからといって、相続税の計算そのものができないわけではありません。

本件では、相続税申告に必要な財産評価を進める一方、調停では別の目的で賃貸不動産の価値と代償金を検討しました。

二つの評価を混同せず、それぞれの手続を並行して進める必要がありました。

調停中でも11月20日の申告期限は変わらない

相続税の申告・納付期限は、原則として、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。

父が亡くなったのは2026年1月20日であるため、本件の申告・納付期限は2026年11月20日でした。

遺産分割調停を申し立てても、相続税の申告期限は延長されません。

調停が続いていることを理由として、調停成立後まで申告や納付を待つことはできません。

遺産分割が終わっていない場合には、各相続人が法定相続分に従って財産を取得したものとして、期限までに相続税を申告します。

未分割でも期限までに申告と納付が必要であることは、国税庁の「相続財産が分割されていないときの申告」でも説明されています。

未分割の状態で相続税2,200万円を計算した

相続人は母、長男、長女の3人です。

相続税の基礎控除額は、次のとおりです。

3,000万円+600万円×3人=4,800万円

相続財産1億8,000万円から基礎控除額4,800万円を差し引くと、課税遺産総額は1億3,200万円になります。

相続税の総額は、課税遺産総額を法定相続分に応じて取得したものとして計算します。

相続人 法定相続分に応じた取得額 税額計算
母 6,600万円 6,600万円×30%-700万円=1,280万円
長男 3,300万円 3,300万円×20%-200万円=460万円
長女 3,300万円 3,300万円×20%-200万円=460万円
合計 1億3,200万円 2,200万円

家族全体の相続税の総額は2,200万円です。

未分割の状態では、この2,200万円を法定相続分に応じて各相続人へ割り振ります。

相続人 法定相続分 当初納付額
母 2分の1 1,100万円
長男 4分の1 550万円
長女 4分の1 550万円
合計 ― 2,200万円

未分割の財産については、原則として、配偶者の税額軽減を適用できません。

このため、母も当初は1,100万円を納付する必要がありました。

納税資金は調停の成立を待たずに確認した

本件では、母、長男、長女のそれぞれに、当初の相続税を納付できる自己資金がありました。

相続人 当初納付額 納税方法
母 1,100万円 母自身の預貯金から納付
長男 550万円 長男自身の預貯金から納付
長女 550万円 長女自身の預貯金から納付
合計 2,200万円 ―

調停が成立すれば、最終的な税額は変わる可能性があります。

それでも、将来の分割結果を予想して納付額を減らすのではなく、未分割の状態で計算した税額を期限までに納付することにしました。

本件で問題になったのは、納税資金が不足していることではありません。

調停の成立時期が分からないなかで、相続税申告をどこまで進めるかという判断でした。

調停と相続税申告を並行して進めた

調停手続では、弁護士が賃貸不動産の評価資料や各相続人の希望を整理し、調停期日に対応しました。

相続税申告では、税理士が相続税評価額、相続税額、各相続人の当初納付額、申告期限までに必要となる手続を整理しました。

手続 主な確認事項
遺産分割調停 賃貸不動産の評価、取得者、代償金、その他の財産の配分
相続税申告 相続税評価額、相続税総額、各人の納付額、申告・納付期限
納税準備 各相続人の納税資金、納付方法、必要な手続
分割後の対応 更正の請求、修正申告、追加納付、還付手続

調停が続いている間も、相続税申告のための財産確認と評価を止めませんでした。

また、相続税の申告期限を理由に調停の内容を急いで決めるのではなく、調停と税務の手続を分けて進めました。

遺産分割の検討と相続税申告の準備を同じ時系列の中で管理することで、どちらか一方の手続が止まることを避けました。

11月18日に未分割で申告・納付した

家族は、2026年11月18日、未分割の状態で相続税申告書を提出しました。

同日、母は1,100万円、長男と長女はそれぞれ550万円を納付しました。

申告時には、分割後に配偶者の税額軽減などの適用を受ける可能性があるため、「申告期限後3年以内の分割見込書」を添付しました。

日付 相続税申告に関する手続
2026年10月15日 期限までに調停が成立しない見込みを確認
2026年10月中 相続税評価と申告内容を確定
2026年11月上旬 各相続人が納税資金を準備
2026年11月18日 未分割で相続税申告書を提出
2026年11月18日 母1,100万円、長男・長女各550万円を納付
2026年11月20日 相続税の申告・納付期限

調停が終わっていないことを申告しない理由にはせず、期限時点で確定している財産と相続人をもとに、正式な申告を行いました。

翌年6月30日に調停が成立した

申告期限から約7か月後の2027年6月30日、遺産分割調停が成立しました。

最終的な財産の分け方は、次のとおりです。

相続人 取得した財産 取得額
母 自宅6,000万円、預貯金2,000万円 8,000万円
長男 賃貸不動産6,000万円、上場株式1,000万円 7,000万円
長女 預貯金2,000万円、上場株式1,000万円 3,000万円
合計 ― 1億8,000万円

これに加えて、長男が長女へ代償金2,000万円を支払うことになりました。

代償金を反映した実質的な取得額は、次のとおりです。

相続人 財産の取得額 代償金 実質的な取得額
母 8,000万円 なし 8,000万円
長男 7,000万円 2,000万円を支払う 5,000万円
長女 3,000万円 2,000万円を受け取る 5,000万円
合計 1億8,000万円 ― 1億8,000万円

代償金2,000万円は、賃貸不動産の相続税評価額6,000万円との差額だけから機械的に算出したものではありません。

母が自宅と預貯金を取得すること、長男が賃貸不動産を取得すること、長女が預貯金と上場株式を取得することなど、遺産全体の配分を調整した結果として決まった金額です。

分割後は母に還付、長男と長女に追加納付が生じた

調停が成立したため、実際の取得額に基づいて相続税を計算し直しました。

家族全体の相続税総額2,200万円を、母8,000万円、長男5,000万円、長女5,000万円の取得割合に応じて割り振ると、配偶者の税額軽減を適用する前の税額は次のようになります。

相続人 実質的な取得額 配偶者の税額軽減前の税額
母 8,000万円 約977万7,778円
長男 5,000万円 約611万1,111円
長女 5,000万円 約611万1,111円
合計 1億8,000万円 2,200万円

母が実際に取得した財産は8,000万円です。

配偶者が取得した遺産額が1億6,000万円または法定相続分相当額のいずれか多い金額までであれば、配偶者の税額軽減により相続税が軽減されます。

本件では、配偶者の税額軽減を適用した結果、母の最終的な相続税額は0円になりました。

相続人 当初納付額 分割後税額 還付額または追加納付額 手続
母 1,100万円 0円 1,100万円の還付 更正の請求
長男 550万円 約611万1,111円 約61万1,111円の追加納付 修正申告
長女 550万円 約611万1,111円 約61万1,111円の追加納付 修正申告
合計 2,200万円 約1,222万2,222円 家族全体で約977万7,778円減少 ―

母は、当初納付した1,100万円について更正の請求を行いました。

長男と長女は、分割後の税額が当初納付額を上回ったため、それぞれ修正申告を行い、約61万1,111円を追加で納付しました。

長男と長女の追加納付は、申告時の計算が誤っていたからではありません。

未分割申告では法定相続分に応じて各550万円を納付していましたが、調停成立後の実際の取得割合に応じて税額を割り振り直した結果、それぞれの税額が増えたためです。

調停成立後の税務手続も期限から逆算した

調停が成立した後は、調停調書の内容を確認し、相続税を再計算しました。

日付 手続
2027年6月30日 遺産分割調停が成立
2027年7月5日 税理士と弁護士が調停調書の内容を確認
2027年7月10日 分割後の取得額に基づいて相続税を再計算
2027年7月20日 母が更正の請求を提出
2027年7月20日 長男と長女が修正申告・追加納付
2027年7月31日 長男が長女へ代償金2,000万円を支払った
2027年8月 不動産登記、預貯金、上場株式の名義変更を実施
2027年9月 母への還付を確認

遺産分割が成立した後に税額が減少する相続人は、更正の請求を検討します。

一方、税額が増加する相続人は、修正申告と追加納付が必要になります。

遺産分割が成立すれば自動的に税額が変更されるわけではありません。調停成立後に、各相続人が必要な税務手続を行う必要があります。

この事例から分かること

遺産分割調停中であっても、相続税の申告・納付期限は待ってくれません。

調停が成立するまで何もしなければよいのではなく、期限時点で遺産が未分割であれば、未分割の状態で相続税を計算し、申告と納付を行う必要があります。

また、調停上の不動産評価と、相続税申告に使用する評価額は目的が異なります。

調停で不動産の評価額が決まっていないことだけを理由に、相続税申告の準備を止める必要はありません。

本件では、次の二つの手続を並行して進めました。

  • 調停では、賃貸不動産の評価額、取得者、代償金を検討する
  • 税務では、相続税評価額、当初納付額、申告期限までに必要な手続を整理する

その結果、調停の内容を相続税の期限に合わせて急いで決めることなく、2026年11月18日に相続税の申告と納付を完了できました。

その後、2027年6月30日に調停が成立したため、実際の取得額に基づいて税額を計算し直しました。母は更正の請求、長男と長女は修正申告を行い、分割結果を相続税へ反映させました。

遺産分割調停が長引く場合に重要なのは、調停が終わるまで待つことではありません。

調停と相続税申告を別の手続として整理し、申告期限までに必要な作業と、分割成立後に必要な作業を分けて進めることです。

遺産分割調停中に相続税の期限を迎える方へ

調停が続いていても、相続税の申告・納付期限は延びません。調停で検討する財産評価と相続税評価を分け、期限内申告、納税資金、分割後の更正の請求・修正申告まで整理します。

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